油菜栽培地跡
少年期の二宮金次郎が菜種を蒔いて育てた場所。
『報徳記』に「川縁無毛の地を起こし、油菜を蒔き、其の実七八升を得たり」とあるのは、この土地である。
『報徳記』に「川縁無毛の地を起こし、油菜を蒔き、其の実七八升を得たり」とあるのは、この土地である。

油菜栽培地跡付近
周辺
油菜栽培地跡の碑

油菜栽培地跡の碑
二宮先生遺蹟
享和三年先生十七歳ノ時夜学ノ灯油ニ代ヘンタメ余暇ヲ以テ油菜ヲ作ラレシ当時ノ仙了堤ナリ
昭和二年初冬 桜井村報徳少年団
享和三年先生十七歳ノ時夜学ノ灯油ニ代ヘンタメ余暇ヲ以テ油菜ヲ作ラレシ当時ノ仙了堤ナリ
昭和二年初冬 桜井村報徳少年団
油菜栽培地跡の解説

油菜栽培地跡の解説
油菜栽培地跡
この油菜栽培地跡は当時、尊徳所有の土地で、伯父万兵衛宅での夜間の勉学に必要な灯油のことを心配した尊徳が、享和三年(一八〇三年)の秋、わけてもらった五々程(九〇cc)の油菜の種を蒔いた所である。翌年の春、七升(一二、六ℓ)程の菜種が収穫できたので隣村の油屋嘉右衛門の店にいって灯油にかえてもらい、夜間の勉学に備えたという。
尊徳は捨苗栽培のときと同様、この油菜栽培の経験からも「積小為大(小を積んで大と為す)」という自然の法則を体得したのであった。
小田原市教育委員会
この油菜栽培地跡は当時、尊徳所有の土地で、伯父万兵衛宅での夜間の勉学に必要な灯油のことを心配した尊徳が、享和三年(一八〇三年)の秋、わけてもらった五々程(九〇cc)の油菜の種を蒔いた所である。翌年の春、七升(一二、六ℓ)程の菜種が収穫できたので隣村の油屋嘉右衛門の店にいって灯油にかえてもらい、夜間の勉学に備えたという。
尊徳は捨苗栽培のときと同様、この油菜栽培の経験からも「積小為大(小を積んで大と為す)」という自然の法則を体得したのであった。
小田原市教育委員会
仙了川

仙了川

油菜橋
油菜栽培地跡の側には仙了川が流れており、油菜橋という橋が架かっている。