報徳博物館
二宮金次郎関連の資料が保管されている博物館。報徳二宮神社を出て徒歩数分の場所にある。
館内には二宮金次郎直筆の紙など、さまざまな書状や遺品が展示されている。
館内には二宮金次郎直筆の紙など、さまざまな書状や遺品が展示されている。

報徳博物館入口

報徳博物館前の玉
周辺
修学の地の解説

修学の地の解説
二宮尊徳修学の地
二宮尊徳(金次郎)は、若いころ小田原藩家老の服部家(ここから二〇〇mほど上った所)に若党(中間)奉公をしていました。
そして、漢学塾へ通う同家の若様のお伴をして、小峰坂と呼ぶこの前の道をいつも通っていました。
また、この博物館のある場所は、当時、近藤某という書物好きな藩士の屋敷があり、尊徳は、時々ここに寄って書物を借りて読んだということです。
こうして、尊徳は学問の幅を広げていきましたが、報徳博物館はこうした縁りの場所に建っております。
報徳博物館
二宮尊徳(金次郎)は、若いころ小田原藩家老の服部家(ここから二〇〇mほど上った所)に若党(中間)奉公をしていました。
そして、漢学塾へ通う同家の若様のお伴をして、小峰坂と呼ぶこの前の道をいつも通っていました。
また、この博物館のある場所は、当時、近藤某という書物好きな藩士の屋敷があり、尊徳は、時々ここに寄って書物を借りて読んだということです。
こうして、尊徳は学問の幅を広げていきましたが、報徳博物館はこうした縁りの場所に建っております。
報徳博物館
二宮金次郎像(天地の心)

二宮金次郎像
天地の心
慶寺丹長作 少年勉学の像
昭和46年3月 栢山善栄寺の依頼により初像制作
平成3年7月 作者4代目慶寺丹長没 72歳
平成4年12月 尊徳銅像原型12点 当館に寄贈
平成6年5月 原型により第2号鋳造 当館に寄贈
寄贈者 丹長妻 慶寺香乃
財団法人報徳福運社 報徳博物館
慶寺丹長作 少年勉学の像
昭和46年3月 栢山善栄寺の依頼により初像制作
平成3年7月 作者4代目慶寺丹長没 72歳
平成4年12月 尊徳銅像原型12点 当館に寄贈
平成6年5月 原型により第2号鋳造 当館に寄贈
寄贈者 丹長妻 慶寺香乃
財団法人報徳福運社 報徳博物館
二宮金次郎像の解説

二宮金次郎像
天地の心
四代目慶寺丹長作。初像は昭和56年、小田原市栢山善栄寺の境内に、報徳保育園園児のために建てられ、「少年勉学の像」と名づけられたが、この第2号には「天地の心」と題した。
草紙に「音もなく香もなくつねに天地は」と上の句を書いて、しばらく筆を止めて下の句「書かざる経をくりかへしつつ」を考えている、その作意に従ったものである。
(慶寺香乃氏寄贈)
四代目慶寺丹長作。初像は昭和56年、小田原市栢山善栄寺の境内に、報徳保育園園児のために建てられ、「少年勉学の像」と名づけられたが、この第2号には「天地の心」と題した。
草紙に「音もなく香もなくつねに天地は」と上の句を書いて、しばらく筆を止めて下の句「書かざる経をくりかへしつつ」を考えている、その作意に従ったものである。
(慶寺香乃氏寄贈)