報徳堀(曽比2)
二宮金次郎の教えに従い、当時の村人が掘ったとされる堀。
報徳堀
周辺
報徳堀の解説
報徳堀の解説
二宮尊徳関係遺跡
報徳堀

報徳堀
 収穫率の悪い湿田を良田にするため、二宮尊徳(金次郎)の教えにより、冷水を流す幅二間(約3・6メートル)深さ一間(約1・8メートル)の堀をめぐらしました。
 村人は、こぞって働き天保十一年(1840)に完成しました。
 水田は乾田となり、米の収穫が上がるとともに、二毛作までできるようになりました。
 人々は、二宮尊徳の徳を称え、この冷水堀を報徳堀と呼びました。
1997年3月1日
小田原市教育委員会