二宮万兵衛の家
二宮金次郎の伯父、二宮万兵衛の家の跡。二宮金次郎の生家の北隣にある。二宮万兵衛は、『報徳記』に「近親万兵衛なるもの先生を家に招き之を養ひ」とあるとおり、両親を失った幼少期の二宮金次郎を養育した人物。

二宮万兵衛家
二宮万兵衛家Ninomiya Manbe's House
二宮尊徳(金次郎)遺跡案内図Historical guide map of Ninomiya Sontoku (Kinjiro)
二宮万兵衛家は、二宮尊徳(金次郎)の祖父銀右衛門及び父利右衛門の生家であり、16歳までに両親を失った金次郎、を引き取った当主の万兵衛は、金次郎の伯父にあたります。 万兵衛は、金次郎が独り立ちするまで支え、時には亡き両親の代わりに厳しく𠮟ったりもしたといいます。 万兵衛の教えと不断の努力とによって、金次郎は19歳の頃までに独立し、手放した田畑を少しずつ買い戻し、一家の復興を進めていきました。 金次郎が桜町(栃木県真岡市)に赴任する際には、その生家跡地が万兵衛家の所有となり、史跡として整備されるまで同家が畑として管理していました。小田原市教育委員会Ninomiya Sontoku (Kinjiro) was raised by his uncle Manbe after his parents' death. This house is where Kinjiro stayed when he was 16 - 19 years old, until he was brought up as a fully fledged farmer.
二宮尊徳(金次郎)遺跡案内図Historical guide map of Ninomiya Sontoku (Kinjiro)
二宮万兵衛家は、二宮尊徳(金次郎)の祖父銀右衛門及び父利右衛門の生家であり、16歳までに両親を失った金次郎、を引き取った当主の万兵衛は、金次郎の伯父にあたります。 万兵衛は、金次郎が独り立ちするまで支え、時には亡き両親の代わりに厳しく𠮟ったりもしたといいます。 万兵衛の教えと不断の努力とによって、金次郎は19歳の頃までに独立し、手放した田畑を少しずつ買い戻し、一家の復興を進めていきました。 金次郎が桜町(栃木県真岡市)に赴任する際には、その生家跡地が万兵衛家の所有となり、史跡として整備されるまで同家が畑として管理していました。小田原市教育委員会Ninomiya Sontoku (Kinjiro) was raised by his uncle Manbe after his parents' death. This house is where Kinjiro stayed when he was 16 - 19 years old, until he was brought up as a fully fledged farmer.
周辺
祠

二宮万兵衛家にある祠