二宮堀(今市)
今市付近にある二宮堀。

二宮堀
周辺
水神碑

水神碑
嘉永七年甲寅歳六月十四日
水神
栗城熙敬書
日光御目代
町田孫四郎
吟味役
小野善助
御収納方
野中金平
仝
武木銭蔵
日光ヨリ田用水
発起
和泉村
石原源吾
平ヶ崎村
手塚庄右衛門
千本木村
吉原仙吉
水神
栗城熙敬書
日光御目代
町田孫四郎
吟味役
小野善助
御収納方
野中金平
仝
武木銭蔵
日光ヨリ田用水
発起
和泉村
石原源吾
平ヶ崎村
手塚庄右衛門
千本木村
吉原仙吉
水神碑の解説

水神碑の解説
日光市指定文化財
二宮堀付水神碑
種別:記念物 (史跡)
員数:一基
時代:嘉永七年(一八五四)
二宮尊徳の日光神領仕法最初の大工事である。
和泉・平ヶ崎・千本木三か村用水(二宮堀)は、大谷川から取水(現在の霧降大橋の下から)し、志渡渕川に流し、日光街道の北側の「堂目喜」より別れ、野口・和泉・平ヶ崎と流れ、千本木地区を縦断し、田川に落水する。嘉永七年閏七月五日着工し、人足一〇八六人が励み、三四七八間(約六・三km)の用水路が閏七月二五日に竣工した。
平ヶ崎地内に在る水神碑は、和泉・平ヶ崎・千本木の三か村の用水路開設嘆願によるが、大谷川下流の十二か村の反対の申立があり、その申立が解決した「嘉永七年六月十四日」の日付と日光奉行所の役人、三か村世話役の名が刻まれている。
昭和四十年三月六日指定
日光市教育委員会
二宮堀付水神碑
種別:記念物 (史跡)
員数:一基
時代:嘉永七年(一八五四)
二宮尊徳の日光神領仕法最初の大工事である。
和泉・平ヶ崎・千本木三か村用水(二宮堀)は、大谷川から取水(現在の霧降大橋の下から)し、志渡渕川に流し、日光街道の北側の「堂目喜」より別れ、野口・和泉・平ヶ崎と流れ、千本木地区を縦断し、田川に落水する。嘉永七年閏七月五日着工し、人足一〇八六人が励み、三四七八間(約六・三km)の用水路が閏七月二五日に竣工した。
平ヶ崎地内に在る水神碑は、和泉・平ヶ崎・千本木の三か村の用水路開設嘆願によるが、大谷川下流の十二か村の反対の申立があり、その申立が解決した「嘉永七年六月十四日」の日付と日光奉行所の役人、三か村世話役の名が刻まれている。
昭和四十年三月六日指定
日光市教育委員会