捨苗栽培地跡
少年期の二宮金次郎が捨苗を拾い集めて育てたとされる場所。
『報徳記』に「休日に之を開墾し、邑民の棄苗を拾ひ集めて植付けしに、幸にして壱苞余の実のりを得たり」とあるのは、この土地である。
『報徳記』に「休日に之を開墾し、邑民の棄苗を拾ひ集めて植付けしに、幸にして壱苞余の実のりを得たり」とあるのは、この土地である。

捨苗栽培地跡
周辺
捨苗栽培地跡の碑

捨苗栽培地跡の碑
二宮先生遺蹟
享和三年先生十七歳ノ時捨苗ヲ拾ヒ集メテ稲ヲ作リ一俵余ノ米ヲ穫ラレ以テ小ヲ積ミテ大ヲ致スノ理ヲ覚ラレシ用水堀ノ空地跡ナリ
昭和二年初冬 桜井村報徳少年団
享和三年先生十七歳ノ時捨苗ヲ拾ヒ集メテ稲ヲ作リ一俵余ノ米ヲ穫ラレ以テ小ヲ積ミテ大ヲ致スノ理ヲ覚ラレシ用水堀ノ空地跡ナリ
昭和二年初冬 桜井村報徳少年団
捨苗栽培地跡の解説

捨苗栽培地跡の解説
捨苗栽培地跡
Sutenae Saibai-chi
二宮尊徳(金次郎)遺跡案内図
Historical guide map of Ninomiya Sontoku (Kinjiro)
この捨苗栽培地跡は、享和二年(1802)6月の酒匂川大洪水によって使えなくなった用水堀に、捨てられている植え残りの苗(捨苗)を植えつけるため、洪水の翌年に二宮尊徳(金次郎)が耕したところで、秋にはここから米1俵余の収穫を得ることができたといわれています。
金次郎は、この経験から小さな事でも精を出して勤めていけば、どんな大きな事でも必ず成しとげることができるという「積小為大(小を積んで大を為す)」の真理を見い出しました。
小田原市教育委員会
Ninomiya Sontoku (Kinjiro) planted a thrown away young rice plant to this paddy field and had a good harvest of rice. From this experience, he perceived the truth of "Sekisho-Idai" (a word made by Sontoku; that no matter how it seems difficult, you will succeed if you keep efforts).
Sutenae Saibai-chi
二宮尊徳(金次郎)遺跡案内図
Historical guide map of Ninomiya Sontoku (Kinjiro)
この捨苗栽培地跡は、享和二年(1802)6月の酒匂川大洪水によって使えなくなった用水堀に、捨てられている植え残りの苗(捨苗)を植えつけるため、洪水の翌年に二宮尊徳(金次郎)が耕したところで、秋にはここから米1俵余の収穫を得ることができたといわれています。
金次郎は、この経験から小さな事でも精を出して勤めていけば、どんな大きな事でも必ず成しとげることができるという「積小為大(小を積んで大を為す)」の真理を見い出しました。
小田原市教育委員会
Ninomiya Sontoku (Kinjiro) planted a thrown away young rice plant to this paddy field and had a good harvest of rice. From this experience, he perceived the truth of "Sekisho-Idai" (a word made by Sontoku; that no matter how it seems difficult, you will succeed if you keep efforts).