二宮金次郎像(御殿場)
御殿場にある二宮金次郎像。

二宮金次郎像
二宮尊徳翁廻村の像
二宫尊德廻村像
二宮尊徳(金次郎)は、一七八七年小田原の旧栢山村の農家に生まれました。五才のとき酒匂川の洪水で田畑を失い、十四才で父を、十六才で母を亡くしました。
しかし、そのような困窮の中でも懸命に勉学と勤労に励み実家を再興しました。
成人してからは、生活に苦しむ人々を救うことに全力を注ぎ、破綻した家や農村や藩の再建に生涯を捧げ、その数は六百余村に及びました。
復興途中には、現場をよく把握するため、村民との接触を怠らず、働きぶりを正しく評価しました。
その時の姿がこの廻村像です。
尊徳の教えは、至誠・勤労・分度・推譲の四綱領で、一生懸命働き、自分をわきまえ、感謝し、社会に貢献することです。道徳と経済は両方大切という思想は、明治以後全国に広がり、負薪読書像と共に日本近代化の象徴像となりました。
平成二十六年八月吉日
公益社団法人 大日本報徳社
社長 榛村純一 誌
報徳の四つの教え
(綱領)
至誠
勤労
分度
推譲
平成二十六年八月吉日建立
北久原区
施工(株)野村石材
二宫尊德廻村像
二宮尊徳(金次郎)は、一七八七年小田原の旧栢山村の農家に生まれました。五才のとき酒匂川の洪水で田畑を失い、十四才で父を、十六才で母を亡くしました。
しかし、そのような困窮の中でも懸命に勉学と勤労に励み実家を再興しました。
成人してからは、生活に苦しむ人々を救うことに全力を注ぎ、破綻した家や農村や藩の再建に生涯を捧げ、その数は六百余村に及びました。
復興途中には、現場をよく把握するため、村民との接触を怠らず、働きぶりを正しく評価しました。
その時の姿がこの廻村像です。
尊徳の教えは、至誠・勤労・分度・推譲の四綱領で、一生懸命働き、自分をわきまえ、感謝し、社会に貢献することです。道徳と経済は両方大切という思想は、明治以後全国に広がり、負薪読書像と共に日本近代化の象徴像となりました。
平成二十六年八月吉日
公益社団法人 大日本報徳社
社長 榛村純一 誌
報徳の四つの教え
(綱領)
至誠
勤労
分度
推譲
平成二十六年八月吉日建立
北久原区
施工(株)野村石材