浅間神社(二宮金次郎の墓)
二宮金次郎の墓がある神社。同名の神社が数箇所あるが、この浅間神社は、静岡県駿東郡小山町藤曲にある。

浅間神社
周辺
二宮金次郎の墓
円状の墓石。
誠明院功誉報徳中上[1]居士
安政三年 丙辰年
十月二十日
俗名
二宮金治良[2]
安政三年 丙辰年
十月二十日
俗名
二宮金治良[2]
[1]
「中正」が正しいとされるが、実際の墓碑では「中上」となっており、付近に立つ案内板でも「中上」と判読されている。原文ままとした。
[2]
原文まま。
解説

解説
小山町指定文化財(建造物)
藤曲浅間神社の二宮金次郎墓碑
所有者 浅間神社(藤曲浅間神社)
指定 平成二七年九月二五目
指定番号 第一八号
構造 墓石の形状は、二宮の「一円融合」の思想を表す
高さ・・一七一・二cm、幅・・九八・一 cm、奥行き・・六六・五 cm
戒名・・誠明院功誉報徳中上[1]居士
右側面・・安政三年 西辰年
左側面・・十月二十日 俗名 二宮金治良[2]
年代 安政四年(一八五七)一一月
材質 伊豆石(天城の船原産)
特徴 「天保の飢饉」(一八三三~)により、藤曲村は疲弊してしまいました。そこで籐曲村では、村の再建プランを二宮金次郎に託し、二宮の現地調査等を経て、見事再建することができました。そのため、藤曲村では二宮への感謝の念を示すため、墓碑を建立し、顕彰することとしました。
なお、この墓碑は二宮の死後、一周忌に合わせて藤曲村民が慶林寺に建立したものです。その後、藤曲浅間神社へ移設されるまでの経緯は、台石に刻まれています。
※「藤曲浅間神社」の正式名称は「浅間神社」ですが、町内に四箇所「浅間神社」が存在することから、地域での通称及びその他の浅間神社との混同を防ぐために「藤曲浅間神社」といたしました。
平成二八年三月
小山町教育委員会
藤曲浅間神社の二宮金次郎墓碑
所有者 浅間神社(藤曲浅間神社)
指定 平成二七年九月二五目
指定番号 第一八号
構造 墓石の形状は、二宮の「一円融合」の思想を表す
高さ・・一七一・二cm、幅・・九八・一 cm、奥行き・・六六・五 cm
戒名・・誠明院功誉報徳中上[1]居士
右側面・・安政三年 西辰年
左側面・・十月二十日 俗名 二宮金治良[2]
年代 安政四年(一八五七)一一月
材質 伊豆石(天城の船原産)
特徴 「天保の飢饉」(一八三三~)により、藤曲村は疲弊してしまいました。そこで籐曲村では、村の再建プランを二宮金次郎に託し、二宮の現地調査等を経て、見事再建することができました。そのため、藤曲村では二宮への感謝の念を示すため、墓碑を建立し、顕彰することとしました。
なお、この墓碑は二宮の死後、一周忌に合わせて藤曲村民が慶林寺に建立したものです。その後、藤曲浅間神社へ移設されるまでの経緯は、台石に刻まれています。
※「藤曲浅間神社」の正式名称は「浅間神社」ですが、町内に四箇所「浅間神社」が存在することから、地域での通称及びその他の浅間神社との混同を防ぐために「藤曲浅間神社」といたしました。
平成二八年三月
小山町教育委員会
[1]
「中正」が正しいとされるが、実際の墓碑では「中上」となっている。原文ままとした。
[2]
原文まま。