薬王寺(遺堰記念門)

薬王寺

山門
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二宮金次郎像

二宮金次郎像
解説

解説
薬王寺 山門(遺堰記念門)
この寺の山門は「遺堰記念門」と称し二宮尊徳翁(金次郎)[1]の遺業を後世に伝え[2]恩徳に報いるべく村人の熱い思いによって大正七年(一九一八)に再建されたものである
宗祖伝教大師一千百年御聖忌法要記念修行並びに山門再建落慶供養の御礼に記されている原文
『山門ノ材ハ当字桜川ノ北方二宮尊徳翁ノ建造ニ成ル翁ノ三大遺堰ノーノ材料ニテ大正五年八月ノ大洪水ノ為メニ破レ現在ノ新堰トナリ以テ不用トナル余思ヒラク比ノ材ヲ歴史的ニ考ヘシ[3]門トシテ翁ノ徳ヲ永久ニ追慕シ恩徳ニ報イント[4]有志寺ト諜リテ是ニ山門ト建ツ依テ遺堰記念門ト称ス』
平成五年十月
桜川市教育委員会
この寺の山門は「遺堰記念門」と称し二宮尊徳翁(金次郎)[1]の遺業を後世に伝え[2]恩徳に報いるべく村人の熱い思いによって大正七年(一九一八)に再建されたものである
宗祖伝教大師一千百年御聖忌法要記念修行並びに山門再建落慶供養の御礼に記されている原文
『山門ノ材ハ当字桜川ノ北方二宮尊徳翁ノ建造ニ成ル翁ノ三大遺堰ノーノ材料ニテ大正五年八月ノ大洪水ノ為メニ破レ現在ノ新堰トナリ以テ不用トナル余思ヒラク比ノ材ヲ歴史的ニ考ヘシ[3]門トシテ翁ノ徳ヲ永久ニ追慕シ恩徳ニ報イント[4]有志寺ト諜リテ是ニ山門ト建ツ依テ遺堰記念門ト称ス』
平成五年十月
桜川市教育委員会
[1]
オリジナルの文章では「二の宮」とあるが、本サイトでは「二宮」に改めた。
[2]
オリジナルの文章では「伝へ」とあるが、本サイトでは「伝え」に改めた。
[3]
オリジナルの文章では「考ヒシ」とあるが、本サイトでは「考ヘシ」に改めた。
[4]
オリジナルの文章では「報ヒント」とあるが、本サイトでは「報イント」に改めた。