『報徳記』序文
報徳記序
 は、り、し、る。
原文
 
 [註1]
 
 殿[註2]
 [註3][註4]使[註5]
 
 
「剛」は撰文者である川田剛(川田甕江)の名。
「殿最」とは「優劣」の意。「殿」は劣った功績、「最」は優れた功績を指す。
「明時」とは、めでたい治世の意であり、ここでは特に明治時代を指す。二宮金次郎は、日本が文明開化を迎える前に歿してしまったため、ついに明治の昭代を見ることはなかった。
「牛刀割鶏」は、『論語』陽貨篇の「割鶏焉用牛刀」(小さな問題を解決するために、大きな手法を用いるべきではない)を踏まえた表現であるが、ここでは断章取義され、「国政級の手法によって、村落を治めた」の意で書かれている。上下の文脈を考慮すれば、「この優れた手法によれば、本来(すくなくとも明治にあっては)さらに大きな成果を挙げることもできたであろうに、旧幕府の時代にあっては時いまだ早く、その治績は諸村落にとどまり、彼の役に足るような成果には至らなかった」の意であることが分かる。
ここでいう「死者」とは二宮金次郎のこと。