『報徳論』第3章
国を興し民を安んずるは分度を立つるに在るを論ず
原文
問ひて曰はく、「先生の道は限りなき財を生じ、以て限りある土地を開き、又限りある民を恵むとは、何の謂ひぞや。」
曰はく、「国の大小均しからずと雖も、土地の広狭必ず限りあり。人民、戸口も亦限りあり。国の生財に至りては然らず。今年生々して来歳復た生々す。幾万歳を経ると雖も生財止まず、尽きず。加之、能く人力を尽くせば、土地の万物を生ずる、豈に限りあらんや。故に之を名づけて無尽蔵と云ふ。世人は唯だ目前の財のみを量るが故に、限りありとす。我は年々歳々土地より生じて、尽きざるものを謂ふなり。然れども国に分度なければ、国用、節なく、度なし。節なく、度なければ、奢侈行はる。奢侈行はるれば、国用足らず。国用足らざれば、下民に取るもの度なし。下民、限りあるの米財を出だして、飽くなきの求めに応ず。国の本たる百姓、日々に窮し、周歳勤動すれども、敝衣、身を掩ふに足らず。食、糟糠にだも飽かず。仰ぎて父母を養ふ能はず。俯して妻子を安んずる能はず。老いたるものは寒きを歎き、幼きものは飢ゑを呼ぶ[1]。終に家を売り、田地を鬻ぎて離散するに至る。人事の憂患、豈に焉より痛ましきものあらんや。是に於いて、人民、日に減じ、田圃、年々に荒蕪す。夫れ草木、枝葉、花実の栄ふる[2]ものは、其の根の固き[3]が故なり。人君の永安は、下民の繁栄にあり。其の本根の民、斯くのごとく、極窮、離散の禍に陥る時は、草木の根を断ずるがごとし。花実の衰枯、立ち処に至らん。此の時に当たれば、智者も其の智を用ふる[4]所なく、勇者も其の勇を施す所なし。然して人君興り、廃地を開き、大いに下民を撫育せんとし、我が方法を行はば、米金なきを憂へず。又廃蕪の多きを憂へず。何ぞや。仁政を施せば、国富み、民優かなり。虐政を布けば、国衰へ、民苦しむ。盛衰、貧富、存亡、皆人君の仁と不仁とにあり。余が衰国を挙げんとするに、米金なきを憂へざる所以は、先づ其の国の分度を立て、規則を定むるが故なり。分度、一たび堅立すれば、生財、年々に倍す。何ぞ財なきを憂へん。」
曰はく、「分度とは何ぞや。」
曰はく、「貧富、盛衰に従ひ、一国経済の程度を定むるを云ふ。」
曰はく、「一国経済の程度を定むる其の方法、如何。」
曰はく、「国盛んなれば、天命、盛富にあり。国衰ふれば、天命、衰貧にあり。
曰はく、「国の大小均しからずと雖も、土地の広狭必ず限りあり。人民、戸口も亦限りあり。国の生財に至りては然らず。今年生々して来歳復た生々す。幾万歳を経ると雖も生財止まず、尽きず。加之、能く人力を尽くせば、土地の万物を生ずる、豈に限りあらんや。故に之を名づけて無尽蔵と云ふ。世人は唯だ目前の財のみを量るが故に、限りありとす。我は年々歳々土地より生じて、尽きざるものを謂ふなり。然れども国に分度なければ、国用、節なく、度なし。節なく、度なければ、奢侈行はる。奢侈行はるれば、国用足らず。国用足らざれば、下民に取るもの度なし。下民、限りあるの米財を出だして、飽くなきの求めに応ず。国の本たる百姓、日々に窮し、周歳勤動すれども、敝衣、身を掩ふに足らず。食、糟糠にだも飽かず。仰ぎて父母を養ふ能はず。俯して妻子を安んずる能はず。老いたるものは寒きを歎き、幼きものは飢ゑを呼ぶ[1]。終に家を売り、田地を鬻ぎて離散するに至る。人事の憂患、豈に焉より痛ましきものあらんや。是に於いて、人民、日に減じ、田圃、年々に荒蕪す。夫れ草木、枝葉、花実の栄ふる[2]ものは、其の根の固き[3]が故なり。人君の永安は、下民の繁栄にあり。其の本根の民、斯くのごとく、極窮、離散の禍に陥る時は、草木の根を断ずるがごとし。花実の衰枯、立ち処に至らん。此の時に当たれば、智者も其の智を用ふる[4]所なく、勇者も其の勇を施す所なし。然して人君興り、廃地を開き、大いに下民を撫育せんとし、我が方法を行はば、米金なきを憂へず。又廃蕪の多きを憂へず。何ぞや。仁政を施せば、国富み、民優かなり。虐政を布けば、国衰へ、民苦しむ。盛衰、貧富、存亡、皆人君の仁と不仁とにあり。余が衰国を挙げんとするに、米金なきを憂へざる所以は、先づ其の国の分度を立て、規則を定むるが故なり。分度、一たび堅立すれば、生財、年々に倍す。何ぞ財なきを憂へん。」
曰はく、「分度とは何ぞや。」
曰はく、「貧富、盛衰に従ひ、一国経済の程度を定むるを云ふ。」
曰はく、「一国経済の程度を定むる其の方法、如何。」
曰はく、「国盛んなれば、天命、盛富にあり。国衰ふれば、天命、衰貧にあり。
伝 曰、『 素富 貴、 行乎富 貴、 素貧 賤、 行乎貧 賤、 素夷 狄、 行乎夷 狄、 素患 難、 行乎患 難。君子 無 入而 不自 得焉。』[註5]
是れ盛衰、貧富、各天命に従ひ、安んずるの謂ひなり。故に衰時に当たりては、衰時の天命に従ひ、当時の租税を以て国用を制す。然れども一、二年の納税を以て定則となすを得ず。何ぞや。年に豊凶ありて、租税の多少、均しからざればなり。是の故に既往衰時に属する十年、乃至、二、三十年の租税を平均す。此の平均の数は、真に衰時中の易ふべからざる天命自然の分なり。此の分に従ひ、国用、其の度を制す。之を是れ経済の程度を定め、分度を立つるの方法とす。苟くも此の分に安んじて艱難を甘んじ、節倹を尽くし、国家再盛の期に至るまで、確乎として堅く守り、変動せざれば、国本、既に堅立す。国本、既に堅立すれば、生財の湧出するや、譬へば川源を開きて流水の限りなきがごとし。
語 曰、『 殷 因於 夏 礼。所損 益、 可 知也。 周 因於 殷 礼。所損 益、 可 知也。 其 或 継 周 者、 雖百 世、 可 知 也。』[註6]
今、既に過ぎ去りし数十年の租税を平均し、分度となすもの、夫れ是に由れり。
昔、漢土の開けし時、其の用財を我が国に求めず。我が国の開けし時も亦彼の力を借らず。蓋し漢土は漢土の力を以て開け、我が国は我が国の力を以て開けたるや疑ひなし。然らば則ち衰国を再興するに、何ぞ財宝の乏しきを憂へん。今、国の荒蕪を開き、窮民を恵まんとするときは、其の国内の既墾地は、恰も既に開けたる漢土のごとくにして、其の租税により宜しく分度を定め、国用を制すべし。其の未墾の地は、我が国の未だ開けざる時のごとくにして、上古、大神の豊葦原を開き、安国と平げたまひし開国の道に基づき、一鍬より開き始め、其の土地の産粟を分外の物となし、開墾、撫恤の用度となすべし。斯くのごとくにして、年々歳々息まざるときは、幾万の荒地も必ず開け、幾万の貧民も必ず撫育するに余りあり。故に荒蕪も開き尽くすべく、貧民も亦悉く窮乏を免れしむべし。然して生財の限りなくして尽きざるは、我が開倉積算数の書に著はせるがごとし。夫れ斯くのごとくして、国の廃地、尽く開け、万民、貧困の憂ひを免れ、其の所を安んずるに至れば、君の大仁、国中に洽くして、下民、皆其の恩に報ぜんとす。是に於いて、衰時の天命一変して、盛時の天命至る。嗚呼、人情、身、貧なれば、其の貧を免がるるを求むるの外、他なし。貧苦既に除き、富優を得るに及んでは、昔年の艱苦は頓に忘れ、奢侈の心起こり、再び衰貧の憂ひを招くもの、凡情の常なり。一旦艱苦を嘗むるものと雖も、猶ほ斯くのごとし。況んや盛んなる時に生まれ、貧困の憂ひを知らざるものをや。是の故に、忠臣、義士、一世の間、千慮を尽くし、万苦を嘗め、上、君の為、下、民の為に肺肝を砕き、国家の廃亡を興し、上下の艱難を除き、泰山の安きに至らしむるも、佞奸、一たび進み、君を惑はし、分度を廃し、奢侈、遊惰の弊を開かば、積年千辛万苦の功、忽ち水泡に帰し、国家、再び衰弊し、百姓、塗炭に陥るや、其の勢ひ、隄防を決して、流水の拒ぐべからざるがごとし。若し夫れ一国を興して、苟くも此の再患を生ずるときは、啻だに其の衰乏に止まらず、佞奸、益蔓り、弊害、言ふべからざるに至らん。斯くのごとくんば、寧ろ衰国を挙げずして、其の弊害を開かざるに若かず。」
曰はく、「嗟乎、恐るべし。戒しむべし。此の再患を防ぐもの、それ道あるか。」
曰はく、「之あり。他なし。唯だ分度を確定して、以て大いに後世を戒しむるにあり。分度確立すれば、人君と雖も、父祖の分度を破るを憚る。大いに戒むれば、又父祖の禁戒を棄つるに忍びず。君、洵に之を守り、之を慎しむときは、佞奸出づると雖も、厳刑を恐れて、敢へて君に奢侈を勧めず。焉んぞ分度を破るを得ん。是の故に、国家興復の大業を挙ぐるに当たり、衰時の分度を定め、又興復の後、盛衰平均、中庸の分度を定め、之を永世、国家の基礎となし、其の分外の生財は永く百姓撫育、仁術の用度となし、君、自ら書して遺すべし。曰はく、『盛衰、治乱、存亡の本源は、分度を守ると守らざるとの二つにあり。我、此の分度を守りて、領中の衰廃を興し、百姓を安んじ、上下百年の艱難を免れしむ。子孫、永く我が志を継ぎ、富優の時に居ると雖も、本源たる分度を確守して戻らざるときは、永世、上下の福ひ、余りありて、衰微の憂ひなし。若し此の分度を破らば、忠臣慝れ、侫人進み、奢侈行はれ、百姓塗炭の苦を受け、上下の災害、立ち処に至り、天禄永く尽きん。此の分度を守らずして、我が一世の丹誠を棄て、国の大患を生じ、亡滅を招くものは、我が子孫にあらず。臣下、若し分度を破るの計を為すものあらば、国家の恩を忘れ、上、君を乱し、下、百姓を虐し、国を亡ぼすの重罪なり。不忠、何れか焉より甚しきものあらんや。若し斯くのごときものあらば、速やかに厳罸に処して、聊かも宥す勿かれ』と。斯くのごとく書して以て、後世を戒め、且つ翼賛の大夫も亦分度の大要を記して、大いに後人を戒むる時は、永く分度を守り、盛富を保ち、後患なかるべし。是れ即ち再患を拒ぎ、永安を保つの要道なり。」
昔、漢土の開けし時、其の用財を我が国に求めず。我が国の開けし時も亦彼の力を借らず。蓋し漢土は漢土の力を以て開け、我が国は我が国の力を以て開けたるや疑ひなし。然らば則ち衰国を再興するに、何ぞ財宝の乏しきを憂へん。今、国の荒蕪を開き、窮民を恵まんとするときは、其の国内の既墾地は、恰も既に開けたる漢土のごとくにして、其の租税により宜しく分度を定め、国用を制すべし。其の未墾の地は、我が国の未だ開けざる時のごとくにして、上古、大神の豊葦原を開き、安国と平げたまひし開国の道に基づき、一鍬より開き始め、其の土地の産粟を分外の物となし、開墾、撫恤の用度となすべし。斯くのごとくにして、年々歳々息まざるときは、幾万の荒地も必ず開け、幾万の貧民も必ず撫育するに余りあり。故に荒蕪も開き尽くすべく、貧民も亦悉く窮乏を免れしむべし。然して生財の限りなくして尽きざるは、我が開倉積算数の書に著はせるがごとし。夫れ斯くのごとくして、国の廃地、尽く開け、万民、貧困の憂ひを免れ、其の所を安んずるに至れば、君の大仁、国中に洽くして、下民、皆其の恩に報ぜんとす。是に於いて、衰時の天命一変して、盛時の天命至る。嗚呼、人情、身、貧なれば、其の貧を免がるるを求むるの外、他なし。貧苦既に除き、富優を得るに及んでは、昔年の艱苦は頓に忘れ、奢侈の心起こり、再び衰貧の憂ひを招くもの、凡情の常なり。一旦艱苦を嘗むるものと雖も、猶ほ斯くのごとし。況んや盛んなる時に生まれ、貧困の憂ひを知らざるものをや。是の故に、忠臣、義士、一世の間、千慮を尽くし、万苦を嘗め、上、君の為、下、民の為に肺肝を砕き、国家の廃亡を興し、上下の艱難を除き、泰山の安きに至らしむるも、佞奸、一たび進み、君を惑はし、分度を廃し、奢侈、遊惰の弊を開かば、積年千辛万苦の功、忽ち水泡に帰し、国家、再び衰弊し、百姓、塗炭に陥るや、其の勢ひ、隄防を決して、流水の拒ぐべからざるがごとし。若し夫れ一国を興して、苟くも此の再患を生ずるときは、啻だに其の衰乏に止まらず、佞奸、益蔓り、弊害、言ふべからざるに至らん。斯くのごとくんば、寧ろ衰国を挙げずして、其の弊害を開かざるに若かず。」
曰はく、「嗟乎、恐るべし。戒しむべし。此の再患を防ぐもの、それ道あるか。」
曰はく、「之あり。他なし。唯だ分度を確定して、以て大いに後世を戒しむるにあり。分度確立すれば、人君と雖も、父祖の分度を破るを憚る。大いに戒むれば、又父祖の禁戒を棄つるに忍びず。君、洵に之を守り、之を慎しむときは、佞奸出づると雖も、厳刑を恐れて、敢へて君に奢侈を勧めず。焉んぞ分度を破るを得ん。是の故に、国家興復の大業を挙ぐるに当たり、衰時の分度を定め、又興復の後、盛衰平均、中庸の分度を定め、之を永世、国家の基礎となし、其の分外の生財は永く百姓撫育、仁術の用度となし、君、自ら書して遺すべし。曰はく、『盛衰、治乱、存亡の本源は、分度を守ると守らざるとの二つにあり。我、此の分度を守りて、領中の衰廃を興し、百姓を安んじ、上下百年の艱難を免れしむ。子孫、永く我が志を継ぎ、富優の時に居ると雖も、本源たる分度を確守して戻らざるときは、永世、上下の福ひ、余りありて、衰微の憂ひなし。若し此の分度を破らば、忠臣慝れ、侫人進み、奢侈行はれ、百姓塗炭の苦を受け、上下の災害、立ち処に至り、天禄永く尽きん。此の分度を守らずして、我が一世の丹誠を棄て、国の大患を生じ、亡滅を招くものは、我が子孫にあらず。臣下、若し分度を破るの計を為すものあらば、国家の恩を忘れ、上、君を乱し、下、百姓を虐し、国を亡ぼすの重罪なり。不忠、何れか焉より甚しきものあらんや。若し斯くのごときものあらば、速やかに厳罸に処して、聊かも宥す勿かれ』と。斯くのごとく書して以て、後世を戒め、且つ翼賛の大夫も亦分度の大要を記して、大いに後人を戒むる時は、永く分度を守り、盛富を保ち、後患なかるべし。是れ即ち再患を拒ぎ、永安を保つの要道なり。」
[1]
「呼ぶ」は「さけぶ」の意。
[2]
「栄ふる」は原文まま。
[3]
「固し」は「しっかりとしている」の意。
[4]
「用ふる」は原文まま。
[5]
『中庸章句』第十四章の「素富貴、行乎富貴。素貧賤、行乎貧賤。素夷狄、行乎夷狄。素患難、行乎患難。君子無入而不自得焉。」を踏まえた言葉。
[6]
『論語』為政篇の「殷因於夏礼。所損益可知也。周因於殷礼。所損益可知也。其或継周者、雖百世、可知也。」を踏まえた言葉。
『二宮尊徳全集』第36巻を底本とした。ただし、次の方針に基づき、本サイトの管理人が独自に修訂を施してある。◆漢文以外は、すべて横書きに改めた。◆本文のカタカナはひらがなに改めた。◆旧字体は、新字体に改めた。◆仮名遣いは原則として旧仮名遣いのままとしたが、現代的な文語文法に基づき、適宜修正した。(例:飢へ→飢ゑ、全ふ→全う)◆送り仮名、句読点、括弧、改行は、現代的な感覚に即して大幅に改めた。(例:譬ば→譬へば、曰……→曰はく、「……。」) ◆振り仮名は、推測に基づき、適宜施した。◆助動詞および助詞は、仮名に開いた。(例:也→なり、如し→ごとし)◆「ゝ」や「〱」は原則として元の仮名に戻し、「〻」は削った。◆漢文には適宜訓点を補った。◆闕字、平出は廃した。
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