『報徳論』第6章
治国安民は主者の道にして臣たる者の道にあらざるを論ず
原文
問ひて曰はく、「治国、安民は主者の道にして、臣たる者の道にあらずとは何ぞや。」
曰はく、「日月の下土を照臨するがごとく、下に臨んで仁を布き行ふが故なり。夫れ人君の国を治め、民を安んずると、里正の邑を治むると、農民の稼穡を為すと、其の道異なるがごとくして、其の理は則ち一なり。」
曰はく、「人君の国民を安んずる、如何。」
曰はく、「日月の国土を照らすや、開闢より以来幾万歳、循環一日も息まずして万物を生育す。故に森羅万象、生々して限りなし。大いなるかな、天道や。聖人、之に法りて、以て道を立て、仁君、之に由りて以て万民の憂苦を除き、之を撫育し、之を教導す。故に衆庶、其の業に安んじ、家々足り、戸々給し、父母、妻子を養ひ、風俗自ら淳厚にして礼節を守り、信義を行ひ、君恩を感戴して、国安く、禍乱起こらず、災害臻らず。然れども猶ほ恩沢の下に普からざるを憂ひ、一人困苦を免れざるものあれば、是れ我が罪なり、一人道を守らざるものあれば、是れ我が過ちなりと、自ら責め、自ら勤む。故に下民安んじて後、人君始めて安く、下民歓喜して後、人君始めて悦ぶ。下民の安危、国家の盛衰、一に人君の一身に繫れり。余が仕法は日月の国土を照らし、万物を生々するがごとく、聖賢、下民を治むるの道なり。是れを以て諸民の安んずる所を与へ、其の憂苦する所を除き、永く貧困の憂ひを免れしむ。是の故に家なきを憂ふるものには家を与へ、食なきを憂ふるものには食を与へ、農具なきを憂ふるものには農具を与へ、或いは借財の為に苦しむものには無利息金を以て其の借りを償はしめ、或いは田圃少なきものには荒蕪を開きて之を足し、或いは道を築きて通路を安からしめ、溝洫を浚ひて灌水の便を得せしむ[1]。総じて民の安んずる所以のもの、施さざるなし。故に下民、欲する所を得て其の生を楽しみ、汚俗一洗して勤業、淳厚の民と化し、衰邑再復して富盛を得るに至る。邑々斯くのごとくなれば、国家の興復、年を期して待つべきのみ。是れ人君の道にして、豈に人臣の道ならんや。」
曰はく、「人君の道なること、既に命を聞けり。敢へて問ふ。里正の道、如何。」
曰はく、「夫れ里正の任たるや、一邑を指揮し、善悪邪正を察し、之を正し、之を戒め、歳々の貢税を集めて、君に納む。邑の進退、里正の任たり。故に里正、仁心ありて自ら勤労し、以て下民に先立ち、分を守り、有余を譲り、邑民の貧窮を憐れみ、之を恵み、之を救ひ、其の不足を足し、其の憂ふる所を除き、其の悦ぶ所を与へ、恩を施して、更に其の報いを求めず。人を利して己の利を計らず。邑民を安んずるを以て己の専務と為さば、老若男女皆感動して、其の労を忘れ、其の業を励み、米粟を生ずる、限りなく、家々富を得て安んずるに至る。里正は一村の主たり。故に我が仕法を行ふときは其の行ひ易きこと、流水の卑きに帰するがごとし。」
曰はく、「里正にして仕法を行ふは一村の主たるが故に行ひ易きこと、既に命を聞けり。敢へて問ふ。農夫の道、これに同じきは如何。」
曰はく、「農夫の五穀を作るや、寒暑の難を避けず、風雨、霜雪の苦を憂へず。春は耕して五穀の為に其の深からざるを憂ひ、夏は耘りて、五穀の為に其の尽くさざるを憂ひ、又、糞養、生育の力、足らざるを憂ひ、周年勤動して聊かも怠らず。専ら田圃五穀の為のみを計りて、更に安逸を求めず。故に田圃、糞養を得、五穀繁茂して結実豊かなり。農夫、我が仕法を以て田圃に施さば、実のらざるの五穀なし。是れ、人君、身を忘れ、民の為に万苦を嘗め、国民を安撫するを以て職となし、里正、身を忘れ、邑民を撫育し、其の安居を得るを以て、勤めと為すと、何を以て異ならんや。一家の主たるものも、亦然り。其の妻妾、僕婢に臨みて愛憐の心厚ければ、順和、礼譲興り、一家の平安、疑ひなし。是の故に仕法は仁術なり。凡そ大小となく、上より下に臨みて布き行はば、天の万物を生ずるごとく、恩沢限りなくして、人事の憂患、消除し、安栄を得るや必せり。然れども往々一身の栄利を求むるを以て益とし、人の為に勤労するを以て損となすものあり。若し農夫、一身の安逸を求めて五穀の為に力を尽くさず、糞養、耕耘の勤労を怠れば、秋実少なうして来歳飢寒の憂ひを免れず。終に家を破り、身を失ふに至る。一家の主たるもの、一身の利を主とし、愛憐の道なければ、妻妾僕婢の怨みを生じ、紛々として家乱る。里正仁愛の心なく、一身の利を計り、財を貪り、邑民を虐ぐるときは、忽ち怨望起こり、随ひて人心紊乱、風俗敗頽し、田地は荒蕪し、貢税は減少し、終に人君の責罰を蒙り、家を失ひ、身を亡ぼす。人君、若し一身の栄利を主とし、聚斂を益として民の艱難を顧みず、仁恤の行ひなければ、民心乖離し、土地荒蕪して、国、遂に衰弊す。嗚呼、人の憂ひを憂ひ、人の安きを願ふものは、己の幸ひ、求めずして来たり、己の幸ひを求め、人の憂ひを顧みざるものは、常に亡ぶ。故に明君は人を利して己の利を計らず。恩を施して、其の報いを求めず。唯だ我が心労の足らざるを憂ひ、仁恤の至らざるを恐る。故に一世の間、徳政の顕然たるのみにあらず、美名千歳に光輝す。里正、民を愛して身の幸を計らず。民、其の堵に安んじて、幸福、己に帰するもの、猶ほ農夫、五穀の為に勤労を尽くして、秋実の豊かなるを得るがごとし。」
曰はく、「人の主たる者の行ふべき道なるは、既に命を聞けり。独り臣下の行ふべからざるものは、何ぞや。」
曰はく、「仁術を国民に布き、衰廃を挙げ、百姓を安んずるもの、固より人臣の職にあらず。其の職にあらずして行ふときは、民心、其の徳に懐きて君に離る。民心、之に懐くときは、群臣、之を怨み、君、之を悪み、遂に身、廃せられ、業も亦敗る。然して、民、君を怨み、君、民を咎むるの災ひとなる。」
曰はく、「人君の国を治むるや、其の事多端にして、君一人の為す能はざる所なり。何ぞ独り仕法のみ、臣下、之を行ふ能はざるや。」
曰はく、「人の臣たる者は、君命を奉じて各其の職を勤むるものなり。故に其の職にあらずして仕法を行はば、必ず失敗の憂ひあり。若し夫れ、人君にして、仕法は国の衰廃を興し、人民を安んじ、永く国家を平治するの要道なるを了し、人材を挙げて、厚く之に任命し給はば、是れ君命に依りて行ふが故に、其の為す所、皆君の行ひなり。然らば則ち其の功、其の徳、悉く君に帰して、臣も亦恨みを受くる所なし。夫れ禄を与へ、徳を布き、人を治むるは、人君の道なり。禄を受け、上に事つるは、人臣の道なり。是の故に、我が仕法は、下に臨み、人を治むる者の道にして、上に事つるものの行ふべき道にあらず。近く之を譬へん。馬夫の馬に於けるや、之を養ひ、之を育す。農夫の五穀に於けるや、能く養ひ、能く育す。菊作りの菊に於けるや、能く養ひ、能く育す。皆是れ力を尽くして、其の物を養育するを以て主とす。故に、農夫の道にして五穀の道にあらず。馬夫の道にして馬の道にあらず。菊作りの道にして菊の道にあらず。然らば則ち人を養ひ、人を使ふものの道にして、人に養はれ、人に使はるのものの道にあらざるや、昭々として見るべきのみ。」
曰はく、「日月の下土を照臨するがごとく、下に臨んで仁を布き行ふが故なり。夫れ人君の国を治め、民を安んずると、里正の邑を治むると、農民の稼穡を為すと、其の道異なるがごとくして、其の理は則ち一なり。」
曰はく、「人君の国民を安んずる、如何。」
曰はく、「日月の国土を照らすや、開闢より以来幾万歳、循環一日も息まずして万物を生育す。故に森羅万象、生々して限りなし。大いなるかな、天道や。聖人、之に法りて、以て道を立て、仁君、之に由りて以て万民の憂苦を除き、之を撫育し、之を教導す。故に衆庶、其の業に安んじ、家々足り、戸々給し、父母、妻子を養ひ、風俗自ら淳厚にして礼節を守り、信義を行ひ、君恩を感戴して、国安く、禍乱起こらず、災害臻らず。然れども猶ほ恩沢の下に普からざるを憂ひ、一人困苦を免れざるものあれば、是れ我が罪なり、一人道を守らざるものあれば、是れ我が過ちなりと、自ら責め、自ら勤む。故に下民安んじて後、人君始めて安く、下民歓喜して後、人君始めて悦ぶ。下民の安危、国家の盛衰、一に人君の一身に繫れり。余が仕法は日月の国土を照らし、万物を生々するがごとく、聖賢、下民を治むるの道なり。是れを以て諸民の安んずる所を与へ、其の憂苦する所を除き、永く貧困の憂ひを免れしむ。是の故に家なきを憂ふるものには家を与へ、食なきを憂ふるものには食を与へ、農具なきを憂ふるものには農具を与へ、或いは借財の為に苦しむものには無利息金を以て其の借りを償はしめ、或いは田圃少なきものには荒蕪を開きて之を足し、或いは道を築きて通路を安からしめ、溝洫を浚ひて灌水の便を得せしむ[1]。総じて民の安んずる所以のもの、施さざるなし。故に下民、欲する所を得て其の生を楽しみ、汚俗一洗して勤業、淳厚の民と化し、衰邑再復して富盛を得るに至る。邑々斯くのごとくなれば、国家の興復、年を期して待つべきのみ。是れ人君の道にして、豈に人臣の道ならんや。」
曰はく、「人君の道なること、既に命を聞けり。敢へて問ふ。里正の道、如何。」
曰はく、「夫れ里正の任たるや、一邑を指揮し、善悪邪正を察し、之を正し、之を戒め、歳々の貢税を集めて、君に納む。邑の進退、里正の任たり。故に里正、仁心ありて自ら勤労し、以て下民に先立ち、分を守り、有余を譲り、邑民の貧窮を憐れみ、之を恵み、之を救ひ、其の不足を足し、其の憂ふる所を除き、其の悦ぶ所を与へ、恩を施して、更に其の報いを求めず。人を利して己の利を計らず。邑民を安んずるを以て己の専務と為さば、老若男女皆感動して、其の労を忘れ、其の業を励み、米粟を生ずる、限りなく、家々富を得て安んずるに至る。里正は一村の主たり。故に我が仕法を行ふときは其の行ひ易きこと、流水の卑きに帰するがごとし。」
曰はく、「里正にして仕法を行ふは一村の主たるが故に行ひ易きこと、既に命を聞けり。敢へて問ふ。農夫の道、これに同じきは如何。」
曰はく、「農夫の五穀を作るや、寒暑の難を避けず、風雨、霜雪の苦を憂へず。春は耕して五穀の為に其の深からざるを憂ひ、夏は耘りて、五穀の為に其の尽くさざるを憂ひ、又、糞養、生育の力、足らざるを憂ひ、周年勤動して聊かも怠らず。専ら田圃五穀の為のみを計りて、更に安逸を求めず。故に田圃、糞養を得、五穀繁茂して結実豊かなり。農夫、我が仕法を以て田圃に施さば、実のらざるの五穀なし。是れ、人君、身を忘れ、民の為に万苦を嘗め、国民を安撫するを以て職となし、里正、身を忘れ、邑民を撫育し、其の安居を得るを以て、勤めと為すと、何を以て異ならんや。一家の主たるものも、亦然り。其の妻妾、僕婢に臨みて愛憐の心厚ければ、順和、礼譲興り、一家の平安、疑ひなし。是の故に仕法は仁術なり。凡そ大小となく、上より下に臨みて布き行はば、天の万物を生ずるごとく、恩沢限りなくして、人事の憂患、消除し、安栄を得るや必せり。然れども往々一身の栄利を求むるを以て益とし、人の為に勤労するを以て損となすものあり。若し農夫、一身の安逸を求めて五穀の為に力を尽くさず、糞養、耕耘の勤労を怠れば、秋実少なうして来歳飢寒の憂ひを免れず。終に家を破り、身を失ふに至る。一家の主たるもの、一身の利を主とし、愛憐の道なければ、妻妾僕婢の怨みを生じ、紛々として家乱る。里正仁愛の心なく、一身の利を計り、財を貪り、邑民を虐ぐるときは、忽ち怨望起こり、随ひて人心紊乱、風俗敗頽し、田地は荒蕪し、貢税は減少し、終に人君の責罰を蒙り、家を失ひ、身を亡ぼす。人君、若し一身の栄利を主とし、聚斂を益として民の艱難を顧みず、仁恤の行ひなければ、民心乖離し、土地荒蕪して、国、遂に衰弊す。嗚呼、人の憂ひを憂ひ、人の安きを願ふものは、己の幸ひ、求めずして来たり、己の幸ひを求め、人の憂ひを顧みざるものは、常に亡ぶ。故に明君は人を利して己の利を計らず。恩を施して、其の報いを求めず。唯だ我が心労の足らざるを憂ひ、仁恤の至らざるを恐る。故に一世の間、徳政の顕然たるのみにあらず、美名千歳に光輝す。里正、民を愛して身の幸を計らず。民、其の堵に安んじて、幸福、己に帰するもの、猶ほ農夫、五穀の為に勤労を尽くして、秋実の豊かなるを得るがごとし。」
曰はく、「人の主たる者の行ふべき道なるは、既に命を聞けり。独り臣下の行ふべからざるものは、何ぞや。」
曰はく、「仁術を国民に布き、衰廃を挙げ、百姓を安んずるもの、固より人臣の職にあらず。其の職にあらずして行ふときは、民心、其の徳に懐きて君に離る。民心、之に懐くときは、群臣、之を怨み、君、之を悪み、遂に身、廃せられ、業も亦敗る。然して、民、君を怨み、君、民を咎むるの災ひとなる。」
曰はく、「人君の国を治むるや、其の事多端にして、君一人の為す能はざる所なり。何ぞ独り仕法のみ、臣下、之を行ふ能はざるや。」
曰はく、「人の臣たる者は、君命を奉じて各其の職を勤むるものなり。故に其の職にあらずして仕法を行はば、必ず失敗の憂ひあり。若し夫れ、人君にして、仕法は国の衰廃を興し、人民を安んじ、永く国家を平治するの要道なるを了し、人材を挙げて、厚く之に任命し給はば、是れ君命に依りて行ふが故に、其の為す所、皆君の行ひなり。然らば則ち其の功、其の徳、悉く君に帰して、臣も亦恨みを受くる所なし。夫れ禄を与へ、徳を布き、人を治むるは、人君の道なり。禄を受け、上に事つるは、人臣の道なり。是の故に、我が仕法は、下に臨み、人を治むる者の道にして、上に事つるものの行ふべき道にあらず。近く之を譬へん。馬夫の馬に於けるや、之を養ひ、之を育す。農夫の五穀に於けるや、能く養ひ、能く育す。菊作りの菊に於けるや、能く養ひ、能く育す。皆是れ力を尽くして、其の物を養育するを以て主とす。故に、農夫の道にして五穀の道にあらず。馬夫の道にして馬の道にあらず。菊作りの道にして菊の道にあらず。然らば則ち人を養ひ、人を使ふものの道にして、人に養はれ、人に使はるのものの道にあらざるや、昭々として見るべきのみ。」
[1]
「得せしむ」は原文まま。「得しむ」の意。
『二宮尊徳全集』第36巻を底本とした。ただし、次の方針に基づき、本サイトの管理人が独自に修訂を施してある。◆漢文以外は、すべて横書きに改めた。◆本文のカタカナはひらがなに改めた。◆旧字体は、新字体に改めた。◆仮名遣いは原則として旧仮名遣いのままとしたが、現代的な文語文法に基づき、適宜修正した。(例:飢へ→飢ゑ、全ふ→全う)◆送り仮名、句読点、括弧、改行は、現代的な感覚に即して大幅に改めた。(例:譬ば→譬へば、曰……→曰はく、「……。」) ◆振り仮名は、推測に基づき、適宜施した。◆助動詞および助詞は、仮名に開いた。(例:也→なり、如し→ごとし)◆「ゝ」や「〱」は原則として元の仮名に戻し、「〻」は削った。◆漢文には適宜訓点を補った。◆闕字、平出は廃した。
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