『報徳記』第2巻 第1章
先生墾田役夫を賞す
原文
或時、物井邑の荒蕪を開くこと数十町歩、此地の荒野に帰すること七八十年、大木繁茂し、恰も山林の如し。邑民のみの力に及ばず。是に於いて他邦の者をも雇ひ、荊棘を払ひ、高木を伐り、之を開く。数月にして成る。此時に当り、先生、朝には役夫の未だ出でざるに出で、之を待ちて之を指揮し、夕には役夫の帰るを待ちて、然る後、陣屋に帰る。役夫を使ふこと、恰も手足の心に随ふが如し。是故に、役夫五拾人なれば百人の働きをなし、百人なれば二百人の用を為す。人皆其の功の迅速なることを感ず。是れ民に先立ちて艱苦を尽し、其のものの知愚を計り、知あるものは諸人の先となし、愚なるものをして分に応じて働かしめ、力を尽す者は之を賞し、怠る者は之を励ます。「昔、名将の士卒を令することも実にこの如くなるべし」と、人々、目を驚かせり。 先生と共に此の場に出で、指揮する吏、三、四輩あり。時に役夫一人、衆に抽でて勉力流汗、力を極む。小田原の吏、之を見て大いに感じ、「彼、諸人に勝れ、斯の如く力を尽すこと、豈に奇特に非ずや。定めて先生、此の者を賞し、必ず衆役夫の励みとなさん。早く賞せよかし」と心に之を待たりしに、先生、両、三度、此のものの処に至り、其の働きを見ると雖も一言の賞詞なし。吏、甚だ之を疑ひ惑へり。暫しありて先生、又、此に来たり、声を励して曰はく、「汝、我を欺かんとして此の如きの働きを為す。甚だ不届なりと云ふべし。我、此処に来れば力を極め、流汗して他に抽づるの働きをなす。我、此の場を去らば定めて怠るべし。人力、各其の限りあり。此の如く働き、終日力を尽さば、汝一日にして斃れんこと疑ひなし。若し斯の如くして終日筋骨の続く者ならば、我、終日爰に在りて之を試さん。汝、能く為さんか」と問ふ。役夫、大いに驚き、地に伏して答へず。先生曰はく、「汝の如き不直の者あれば、衆人怠りを生ずるの基なり。人を欺き、事を為さんとする者は、我、之を容れず。速やかに去れ。二度来ること勿れ」と云ふ。邑の里正二人進み出でて、其の罪を謝せしむ。役夫、大いに其の過ちを謝し、慈愛を請ふ。先生、之を許しぬ。人、皆、其の見る処明らかにして衆人の見る処と異なるを驚嘆せり。 時に役夫一人、年既に六十、日々此の場に来て開墾す。終日、木根を堀りて止まず。人休めども休まず。人、之に「休めよ」と云へば、老人答へて曰はく、「壮者は休むと雖も終日の働き余りあり。予、既に年老い、力衰へたり。若し壮者と共に休まば、何の用を為さんや」と。小田原の吏、之を見て、「彼の老人、日々木の根のみに心を用ゐるは開発の労、人と共にするを厭へばなり。日毎の働き、他の役夫の三分が一にも至らず。先生、何の故に斯の如き無益の老人を退けざるや。明知の一失なり」と云ひて窃かに之を嘲る。後数日にして開墾成就せり。邑民の労を慰し、他邦の役夫を帰村せしむ。時に此の老人夫を陣屋に呼び、先生自らこれに問ひて曰はく、「汝の生国、何れぞや。」老人答へて曰はく、「某、常陸国笠間領某村の農民なり。家、貧なれども、我が子、既に長ぜり。耕田の事は彼に任じ、少しく貧を補はんが為に、君の開墾し給ふを聞きて此の地に至れり。君、此の老人を捨てたまはず、壮者と共に役を命ず。又、諸人と等しく賃銀を給ふ。其の恵み、感ずるに余りあり」と云ふ。先生、是に於いて金拾五両を与へて曰はく、「汝、衆人に抽でて丹精の働きを為したるが故に、聊か賞美として之を与ふるなり」と。老人、大いに驚き、金を頂き、謹みて之を戻し、色を変じて曰はく、「君の恩恵、身に余れりと雖も、某、何を以て此の賞に当らんや。前にも申せし如く、老夫の力、役夫に当るに足らず。然るを等しく賃銀を給ふ。是をも身に余れりとせり。今、其の実なくして大金の賞を得ること、某の身を置くに処なし。何ぞ之を本意とせんや。某、決して賞に応ぜず」と云ふ。先生曰はく、「汝、辞することなかれ。我、此の地を再復せんが為に多くの役夫を用う[註1]。豈に其の人々の事実を察せずして猥りに事を行はんや。汝、数月の働きを見るに、曽て己の功の顕れんことを欲せず。衆、皆、起こし易き地を撰み、争ひて其の開田の多少を示さんとす。汝、独り衆人悪む処の木根を穿ち、力を尽して怠らず。人休めども休まず。之を問へば、『老力足らざるが故に休まず』と。終日、力を労して其の労力も顕れざるに似たり。汝、諸人の嫌ふ所に力を尽し、木根を穿つこと数を知らず。平易の開墾に比せば其の労、倍せり。此故に開田大いに速やかなるを得たり。是れ全く汝、正実の為す所なり。之をも賞せずして諸人と共に同視せば、爾来何を以て土功を挙げんや。汝、『家、貧なるが為に他邦に出で、労力す』と云へり。然れども、目前与ふる所の金だも辞す。其の廉直、他人の及ぶ所にあらず。今与ふる所の財は、天、汝の正実を憐れみ下したまふものなりと思ひ、速やかに持ち帰りて貧苦を免れ、老を養ふの一端ともせば、我も亦之を悦ぶなり」と教へ、再び之を与ふ。是に於いて、老人、先生の言に感動し、流涕、衣を沾し、合掌、拝伏して謝辞を尽すこと能はず、再三、金を戴きて故郷に帰れり。小田原の吏、邑民、共に始めて老人の常人にあらざるを知り、先生の善人を賞すること厚くして其の意中の明敏なることを驚感せりと云ふ。
「用う」は原文まま。
『二宮尊徳全集』第36巻を底本とした。ただし、次の方針に基づき、本サイトの管理人が独自に修訂を施してある。◆漢文以外は、すべて横書きに改めた。◆旧字体は、新字体に改めた。◆仮名遣いは原則として旧仮名遣いのままとしたが、現代的な文語文法に基づき、適宜修正した。(例:飢へ→飢ゑ、全ふ→全う)◆送り仮名、句読点、括弧、改行は、現代的な感覚に即して大幅に改めた。(例:譬ば→譬へば、曰……→曰はく、「……。」) ◆振り仮名は、推測に基づき、適宜施した。◆助動詞および助詞は、仮名に開いた。(例:也→なり、如し→ごとし)◆「ゝ」や「〱」は原則として元の仮名に戻し、「〻」は削った。◆漢文には適宜訓点を補った。
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