『報徳記』第2巻 第4章
凶年に当り先生厚く救荒の道を行ふ
原文
 于時夏、ず。生、時、味、り。し。く、今、時、り。物、と、や。に、気、て、気、り。ん。ば、姓、か。」て、く、年、ず。し。歩、[註1]き、よ。ず」と。民、き、く、生、も、や。ば、邑、し。ん。の、来、ず。今、ず。し。も、ん。な」り。し、む。ば、ん」と、り、り」[註2]
 に、れ、り、東、民、[註3]
 り、民、ひ、し。鑑、り、り、り、し、い、す。
 り、く、運、て、と、五、年。三、年。り。に、し。ず。ず。度、と、り。等、よ。間、と、し。々、ゐ、し。ば、正、し、よ」ず。邑、見、き、ば、ひ、り。年。稗、り。
 り、で、気、天、も、し。り。年、う。り。州、羽、多、[註4]り、人、る。り、る。生、り、の、の、の、ち、ず、へ、し、ひ、へ、苞、苞、り。は、ず。く、年、渇、人。り。等、く、し。じ、は、し。等、し、ひ、し、し、ひ、ち、ば、家、り、し。ず」ふ。民、し、め、ふ。
「免す」とは「免除する」の意。
稗は五穀の一として挙げられることもあるが、稲を育てる上では、田の雑草として嫌われることが多い。『二宮翁夜話』においても、「稗、莠を悪とし、米、麦を善とするが如き、皆人身に便利なるを善とし、不便なるを悪となす」と述べられている箇所がある。
これは、のちに天保の大飢饉(1833 - 1839年)と呼ばれることとなる歴史的大飢饉の初年の出来事である。
「餓莩」とは「餓死者の死体」の意。
『二宮尊徳全集』第36巻を底本とした。ただし、次の方針に基づき、本サイトの管理人が独自に修訂を施してある。◆漢文以外は、すべて横書きに改めた。◆旧字体は、新字体に改めた。◆仮名遣いは原則として旧仮名遣いのままとしたが、現代的な文語文法に基づき、適宜修正した。(例:飢へ→飢ゑ、全ふ→全う)◆送り仮名、句読点、括弧、改行は、現代的な感覚に即して大幅に改めた。(例:譬ば→譬へば、曰……→曰はく、「……。」) ◆振り仮名は、推測に基づき、適宜施した。◆助動詞および助詞は、仮名に開いた。(例:也→なり、如し→ごとし)◆「ゝ」や「〱」は原則として元の仮名に戻し、「〻」は削った。◆漢文には適宜訓点を補った。