『二宮翁夜話』第1巻 第18章
翁宇津氏の邸内に寓す…
原文
翁、宇津氏の邸内に寓す。邸内、稲荷社の祭礼に大神楽来たりて建物の戯芸をせり。
翁、是を見て曰はく、「凡そ事、此の術のごとくなさば、百事成らざる事あらざるべし。其の場に出づるや、少しも噪がず、先づ体を定めて両眼を見澄して棹の先に注し、脇目も触らず、一心に見詰め、器械の動揺を心と腰に受け、手は笛を吹き、扇を取りて舞ひ、足は三番叟の拍子を蹈むといへども、其のゆがみを見留めて腰にて差し引きす。其の術、至れり尽くせり。手は舞ふといへども、手のみにして体に及ばず。足は蹈むといへども、足のみにして腰に及ばず。舞ふも躍るも両眼は急度見詰め、心を鎮め、体を定めたる事、『大学』『論語』の真理、聖人の秘訣、此の一曲の中に備はれり。然るを、之を見る者、聖人の道と懸隔すと見て、此の大神楽の術を賤しむ。儒生のごとき、何ぞ国家の用に立たんや。嗚呼、術は恐るべし。綱渡りが綱の上に起臥して落ちざるも又、之に同じ。能く思ふべき事なり。」
翁、是を見て曰はく、「凡そ事、此の術のごとくなさば、百事成らざる事あらざるべし。其の場に出づるや、少しも噪がず、先づ体を定めて両眼を見澄して棹の先に注し、脇目も触らず、一心に見詰め、器械の動揺を心と腰に受け、手は笛を吹き、扇を取りて舞ひ、足は三番叟の拍子を蹈むといへども、其のゆがみを見留めて腰にて差し引きす。其の術、至れり尽くせり。手は舞ふといへども、手のみにして体に及ばず。足は蹈むといへども、足のみにして腰に及ばず。舞ふも躍るも両眼は急度見詰め、心を鎮め、体を定めたる事、『大学』『論語』の真理、聖人の秘訣、此の一曲の中に備はれり。然るを、之を見る者、聖人の道と懸隔すと見て、此の大神楽の術を賤しむ。儒生のごとき、何ぞ国家の用に立たんや。嗚呼、術は恐るべし。綱渡りが綱の上に起臥して落ちざるも又、之に同じ。能く思ふべき事なり。」
『二宮尊徳全集』第36巻を底本とした。ただし、次の方針に基づき、本サイトの管理人が独自に修訂を施してある。◆漢文以外は、すべて横書きに改めた。◆旧字体は、新字体に改めた。◆仮名遣いは原則として旧仮名遣いのままとしたが、現代的な文語文法に基づき、適宜修正した。(例:飢へ→飢ゑ、全ふ→全う)◆送り仮名、句読点、括弧、改行は、現代的な感覚に即して大幅に改めた。(例:譬ば→譬へば、曰……→曰はく、「……。」) ◆振り仮名は、推測に基づき、適宜施した。◆助動詞および助詞は、仮名に開いた。(例:也→なり、如し→ごとし)◆「ゝ」や「〱」は原則として元の仮名に戻し、「〻」は削った。◆漢文には適宜訓点を補った。
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