『二宮翁夜話』第1巻 第2章
翁曰はく夫れ世界は旋転して…
原文
翁曰はく、「夫れ世界は旋転してやまず。寒往けば暑来たり、暑往けば寒来たり、夜明くれば昼となり、昼になれば夜となり、又万物生ずれば滅し、滅すれば生ず。譬へば銭を遣れば品が来たり、品を遣れば銭が来たるに同じ。寐ねても覚めても、居ても歩行きても、昨日は今日になり、今日は明日になる。田畑も海山も皆その通り。爰にて薪をたきへらすほどは、山林にて生木し、爰で喰ひへらすだけの穀物は、田畑にて生育す。野菜にても、魚類にても、世の中にて減るほどは、田畑、河、海、山林にて生育し、生まれたる子は、時々刻々、年がより、築きたる堤は時々刻々に崩れ、掘りたる堀は日々夜々に埋まり、葺きたる屋根は日々夜々に腐る。是れ即ち天理の常なり。
然るに人道は、是と異なり。如何となれば、風雨定めなく、寒暑往来する此の世界に、毛羽なく、鱗介なく、裸体にて生まれ出で、家がなければ雨露が凌がれず、衣服がなければ寒暑が凌がれず。爰に於いて、人道と云ふ物を立て、米を善とし、莠を悪とし、家を造るを善とし、破るを悪とす。皆人の為に立てたる道なり。依りて人道と云ふ。
天理より見る時は善悪はなし。其の証には、天理に任する時は、皆荒地となりて開闢のむかしに帰るなり。如何となれば、是れ則ち天理自然の道なればなり。
夫れ天に善悪なし。故に稲と莠とを分かたず。種ある者は皆生育せしめ、生気ある者は皆発生せしむ。人道はその天理に順ふといへども、其の内に各区別をなし、稗、莠を悪とし、米、麦を善とするがごとき、皆人身に便利なるを善とし、不便なるを悪となす。爰に到りては天理と異なり。如何となれば、人道は人の立つる処なればなり。人道は譬へば料理物のごとく、三倍酢のごとく、歴代の聖主、賢臣、料理し、塩梅して拵へたる物なり。されば、ともすれば破れんとす。故に政を立て、教へを立て、刑法を定め、礼法を制し、やかましくうるさく世話をやきて、漸く人道は立つなり。然るを天理自然の道と思ふは、大いなる誤りなり。能く思ふべし。」
然るに人道は、是と異なり。如何となれば、風雨定めなく、寒暑往来する此の世界に、毛羽なく、鱗介なく、裸体にて生まれ出で、家がなければ雨露が凌がれず、衣服がなければ寒暑が凌がれず。爰に於いて、人道と云ふ物を立て、米を善とし、莠を悪とし、家を造るを善とし、破るを悪とす。皆人の為に立てたる道なり。依りて人道と云ふ。
天理より見る時は善悪はなし。其の証には、天理に任する時は、皆荒地となりて開闢のむかしに帰るなり。如何となれば、是れ則ち天理自然の道なればなり。
夫れ天に善悪なし。故に稲と莠とを分かたず。種ある者は皆生育せしめ、生気ある者は皆発生せしむ。人道はその天理に順ふといへども、其の内に各区別をなし、稗、莠を悪とし、米、麦を善とするがごとき、皆人身に便利なるを善とし、不便なるを悪となす。爰に到りては天理と異なり。如何となれば、人道は人の立つる処なればなり。人道は譬へば料理物のごとく、三倍酢のごとく、歴代の聖主、賢臣、料理し、塩梅して拵へたる物なり。されば、ともすれば破れんとす。故に政を立て、教へを立て、刑法を定め、礼法を制し、やかましくうるさく世話をやきて、漸く人道は立つなり。然るを天理自然の道と思ふは、大いなる誤りなり。能く思ふべし。」
『二宮尊徳全集』第36巻を底本とした。ただし、次の方針に基づき、本サイトの管理人が独自に修訂を施してある。◆漢文以外は、すべて横書きに改めた。◆旧字体は、新字体に改めた。◆仮名遣いは原則として旧仮名遣いのままとしたが、現代的な文語文法に基づき、適宜修正した。(例:飢へ→飢ゑ、全ふ→全う)◆送り仮名、句読点、括弧、改行は、現代的な感覚に即して大幅に改めた。(例:譬ば→譬へば、曰……→曰はく、「……。」) ◆振り仮名は、推測に基づき、適宜施した。◆助動詞および助詞は、仮名に開いた。(例:也→なり、如し→ごとし)◆「ゝ」や「〱」は原則として元の仮名に戻し、「〻」は削った。◆漢文には適宜訓点を補った。
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