『二宮翁夜話』第1巻 第27章
禍福二つあるにあらず…
原文
「禍福、二つあるにあらず。元来一つなり。近く譬ふれば、庖丁を以て茄子を切り、大根を切る時は、福なり。若し指を切る時は、禍なり。只柄を持ちて物を切ると、誤りて指を切るとの違ひのみ。夫れ柄のみありて刃無ければ、庖丁にあらず。刃ありて柄無ければ、又、用をなさず。柄あり、刃ありて庖丁なり。柄あり刃あるは庖丁の常なり。然して指を切る時は禍とし、菜を切る時は福とす。されば禍福と云ふも私物[1]にあらずや。水もまた然り。畔を立てて引かば、田地を肥やして福なり。畔なくして引くときは、肥土流れて、田地やせ、其の禍ひたるや云ふべからず。只畔有ると畔なきとの違ひのみ。元、同一水にして、畔あれば福となり、畔なければ禍となる。富は人の欲する処なり。然りといへども、己が為にするときは禍、是に随ひ、世の為にする時は福、是に随ふ。財宝も又然り。積んで散ずれば福となり、積んで散ぜざれば禍となる。是れ人々知らずんばあるべからざる道理なり。」
[1]
「私物」は「主観に属するもの」の意。
『二宮尊徳全集』第36巻を底本とした。ただし、次の方針に基づき、本サイトの管理人が独自に修訂を施してある。◆漢文以外は、すべて横書きに改めた。◆旧字体は、新字体に改めた。◆仮名遣いは原則として旧仮名遣いのままとしたが、現代的な文語文法に基づき、適宜修正した。(例:飢へ→飢ゑ、全ふ→全う)◆送り仮名、句読点、括弧、改行は、現代的な感覚に即して大幅に改めた。(例:譬ば→譬へば、曰……→曰はく、「……。」) ◆振り仮名は、推測に基づき、適宜施した。◆助動詞および助詞は、仮名に開いた。(例:也→なり、如し→ごとし)◆「ゝ」や「〱」は原則として元の仮名に戻し、「〻」は削った。◆漢文には適宜訓点を補った。
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