『二宮翁夜話』第1巻 第28章
翁曰はく何事にも変通と…
原文
翁曰はく、「何事にも変通といふ事あり。しらずんばあるべからず。則ち権道なり。夫れ難きを先にする[1]は聖人の教へなれども、是は『先づ仕事を先にして、而して後に賃金を取れ』と云ふがごとき教へなり。
爰に農家、病入[2]等ありて耕耘手後れなどの時、艸多き処を先にするは世上の常なれど、右様の時に限りて、草少なく、至りて手易き畑より手入れして、至りて草多き処は最後にすべし。是れ尤も大切の事なり。至りて草多く、手重の処を先にする時は、大いに手間取れ、其の間に草少なき畑も皆一面草になりて、何れも手後れになる物なれば、草多く手重き畑は、『五畝や八畝は荒らすとも儘よ』と覚悟して暫く捨て置き、草少なく手軽なる処より片付くべし。しかせずして手重き処に掛かり、時日を費やす時は、僅かの畝歩の為に総体の田畑、順々手入れ後れて、大いなる損となるなり。
国家を興復するも又此の理なり。しらずんばあるべからず。又、山林を開拓するに、大きなる木の根は其の儘差し置きて、廻りを切り開くべし。而して三、四年を経れば、木の根、自づから朽ちて、力を入れずして取るるなり。是を開拓の時、一時に掘り取らんとする時は、労して功少なし。百事そのごとし。村里を興復せんとすれば、必ず抗する者あり。是を処する、又此の理なり。決して拘るべからず、障るべからず。度外に置きて、わが勤を励むべし。」
爰に農家、病入[2]等ありて耕耘手後れなどの時、艸多き処を先にするは世上の常なれど、右様の時に限りて、草少なく、至りて手易き畑より手入れして、至りて草多き処は最後にすべし。是れ尤も大切の事なり。至りて草多く、手重の処を先にする時は、大いに手間取れ、其の間に草少なき畑も皆一面草になりて、何れも手後れになる物なれば、草多く手重き畑は、『五畝や八畝は荒らすとも儘よ』と覚悟して暫く捨て置き、草少なく手軽なる処より片付くべし。しかせずして手重き処に掛かり、時日を費やす時は、僅かの畝歩の為に総体の田畑、順々手入れ後れて、大いなる損となるなり。
国家を興復するも又此の理なり。しらずんばあるべからず。又、山林を開拓するに、大きなる木の根は其の儘差し置きて、廻りを切り開くべし。而して三、四年を経れば、木の根、自づから朽ちて、力を入れずして取るるなり。是を開拓の時、一時に掘り取らんとする時は、労して功少なし。百事そのごとし。村里を興復せんとすれば、必ず抗する者あり。是を処する、又此の理なり。決して拘るべからず、障るべからず。度外に置きて、わが勤を励むべし。」
[1]
『論語』の「仁者先難而後獲」を踏まえた言葉。
[2]
「入」の字は原文まま。「人」の誤植か。
『二宮尊徳全集』第36巻を底本とした。ただし、次の方針に基づき、本サイトの管理人が独自に修訂を施してある。◆漢文以外は、すべて横書きに改めた。◆旧字体は、新字体に改めた。◆仮名遣いは原則として旧仮名遣いのままとしたが、現代的な文語文法に基づき、適宜修正した。(例:飢へ→飢ゑ、全ふ→全う)◆送り仮名、句読点、括弧、改行は、現代的な感覚に即して大幅に改めた。(例:譬ば→譬へば、曰……→曰はく、「……。」) ◆振り仮名は、推測に基づき、適宜施した。◆助動詞および助詞は、仮名に開いた。(例:也→なり、如し→ごとし)◆「ゝ」や「〱」は原則として元の仮名に戻し、「〻」は削った。◆漢文には適宜訓点を補った。
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