『二宮翁夜話』第1巻 第9章
越後国の産にて笠井亀蔵と…
原文
越後国の産にて、笠井亀蔵と云ふ者あり。故ありて翁の僕[1]たり。
翁、諭して曰はく、「汝は越後の産なり。越後は上国と聞けり。如何なれば上国を去りて他国に来たれるや。」
亀蔵曰はく、「上国にあらず。田畑高価にして田徳少なし。江戸は大都会なれば、金を得る、容易からんと思うて江戸に出づ。」と。
翁曰はく、「汝、過てり。夫れ越後は土地沃饒なるが故に食物多し。食物多きが故に人員多し。人員多きが故に田畑高価なり。田畑高価なるが故に薄利なり。然るを田徳少なしと云ふ。少なきにあらず。田徳の多きなり。田徳多く、土徳尊きが故に田畑高価なるを下国と見て生国を捨て、他邦に流浪するは、大いなる過ちなり。過ちとしらば、速やかにその過ちを改めて帰国すべし。越後にひとしき上国は他に少なし。然るを下国と見しは過ちなり。
是を今日、暑気の時節に譬へば、蚯蚓、土中の炎熱に堪へ兼ねて、『土中甚だ熱し。土中の外に出でなば涼しき処あるべし。土中に居るは愚なり。』と考へ、地上に出でて照り付けられ、死するに同じ。夫れ蚯蚓は土中に居るべき性質にして、土中に居るが天の分なり。然れば何ほど熱しとも、外を願はず、我が本性に随ひ、土中に潜みさへすれば無事安穏なるに、心得違ひして、地上に出でたるが運のつき、迷ひより禍ひを招きしなり。
夫れ汝もそのごとく、越後の上国に生れ、『田徳少なし。江戸に出でなば、金を得る事、いと易からん』と思ひ違ひ、自国を捨てたるが迷ひの元にして、みづから災を招きしなり。然れば、今日、過ちを改めて速やかに国に帰り、小を積んで大をなすの道を勤むるの外、あるべからず。心、誠に爰に至らば、おのづから安堵の地を得る、必定なり。猶ほ迷ひて江戸に流浪せば、詰まりは蚯蚓の、土中をはなれて地上に出でたると同じかるべし。能く此の理を悟り、過ちを悔い、能く改めて、安堵の地を求めよ。然らざれば、今、千金を与ふるとも無益なるべし。我が言ふ所、必ず違はじ。」
翁、諭して曰はく、「汝は越後の産なり。越後は上国と聞けり。如何なれば上国を去りて他国に来たれるや。」
亀蔵曰はく、「上国にあらず。田畑高価にして田徳少なし。江戸は大都会なれば、金を得る、容易からんと思うて江戸に出づ。」と。
翁曰はく、「汝、過てり。夫れ越後は土地沃饒なるが故に食物多し。食物多きが故に人員多し。人員多きが故に田畑高価なり。田畑高価なるが故に薄利なり。然るを田徳少なしと云ふ。少なきにあらず。田徳の多きなり。田徳多く、土徳尊きが故に田畑高価なるを下国と見て生国を捨て、他邦に流浪するは、大いなる過ちなり。過ちとしらば、速やかにその過ちを改めて帰国すべし。越後にひとしき上国は他に少なし。然るを下国と見しは過ちなり。
是を今日、暑気の時節に譬へば、蚯蚓、土中の炎熱に堪へ兼ねて、『土中甚だ熱し。土中の外に出でなば涼しき処あるべし。土中に居るは愚なり。』と考へ、地上に出でて照り付けられ、死するに同じ。夫れ蚯蚓は土中に居るべき性質にして、土中に居るが天の分なり。然れば何ほど熱しとも、外を願はず、我が本性に随ひ、土中に潜みさへすれば無事安穏なるに、心得違ひして、地上に出でたるが運のつき、迷ひより禍ひを招きしなり。
夫れ汝もそのごとく、越後の上国に生れ、『田徳少なし。江戸に出でなば、金を得る事、いと易からん』と思ひ違ひ、自国を捨てたるが迷ひの元にして、みづから災を招きしなり。然れば、今日、過ちを改めて速やかに国に帰り、小を積んで大をなすの道を勤むるの外、あるべからず。心、誠に爰に至らば、おのづから安堵の地を得る、必定なり。猶ほ迷ひて江戸に流浪せば、詰まりは蚯蚓の、土中をはなれて地上に出でたると同じかるべし。能く此の理を悟り、過ちを悔い、能く改めて、安堵の地を求めよ。然らざれば、今、千金を与ふるとも無益なるべし。我が言ふ所、必ず違はじ。」
[1]
「僕」とは「召使い」の意。
『二宮尊徳全集』第36巻を底本とした。ただし、次の方針に基づき、本サイトの管理人が独自に修訂を施してある。◆漢文以外は、すべて横書きに改めた。◆旧字体は、新字体に改めた。◆仮名遣いは原則として旧仮名遣いのままとしたが、現代的な文語文法に基づき、適宜修正した。(例:飢へ→飢ゑ、全ふ→全う)◆送り仮名、句読点、括弧、改行は、現代的な感覚に即して大幅に改めた。(例:譬ば→譬へば、曰……→曰はく、「……。」) ◆振り仮名は、推測に基づき、適宜施した。◆助動詞および助詞は、仮名に開いた。(例:也→なり、如し→ごとし)◆「ゝ」や「〱」は原則として元の仮名に戻し、「〻」は削った。◆漢文には適宜訓点を補った。
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